書類を渡して立ち去る管理職と、書類を手に考え込む若手社員

3行の指示に、完成形が入っていない

管理職向けの言語化研修で、私が最初にやってもらう演習があります。ふだん部下に出している指示を、そのまま3行で書いてもらうものです。多くの方が「資料、ちゃんとまとめておいて。来週の会議までに」と書きます。悪気はまったくありません。ただ、この一文には、部下が動くための情報がほとんど入っていません。

IT系企業の課長研修でのことです。ある課長が書いた指示は「お客様向けの提案資料、いい感じにまとめておいて」でした。隣の席の方に、部下になったつもりで読んでもらうと、次の質問が返ってきました。

  • 「いい感じ」とは、何枚くらいですか
  • 誰が読むのですか。お客様ですか、部長ですか
  • どこまで作れば「まとめた」ことになりますか

課長は「そんなこと、言わなくても分かるでしょう」と驚いていました。ところが、その場にいたほかの管理職8名のうち、同じ資料を思い浮かべていた人はほとんどいませんでした。同じ言葉を聞いても、頭に浮かぶ完成形はばらばらなのです。

部下は聞き返せず、AIは聞き返さない

部下の側にも事情があります。研修後のヒアリングで、若手社員からこう言われたことがあります。「忙しそうな上司に、『それはどういう意味ですか』とは聞けません」。

聞けない部下は、推測で作り始めます。金曜に提出して「そうじゃないんだよな」と言われ、やり直しになる。上司は「部下の理解力が低い」と感じ、部下は「何を求められているのか分からない」と感じます。原因はどちらの能力でもありません。指示が言語化されていなかっただけです。

同じことが、生成AIに仕事を頼むときにも起きています。「提案資料をいい感じにまとめて」と入力すると、AIは聞き返さずに、もっとも一般的な資料を返してきます。足りない部分を推測で埋めるのは、部下もAIも同じです。違うのは、AIはどれだけ曖昧な指示にも、すぐにそれらしい答えを出してくることです。指示の曖昧さに気づく機会は、むしろ減っています。

指示を3つの要素に分けて、言葉にする

研修では、指示を次の3つに分けて書き直してもらいます。

  • 目的 誰が、何のために使うのか(例:来週火曜の商談で、先方の部長が決裁の判断に使う)
  • 完成の形 どこまでできていれば完了か(例:A4で3枚、費用と導入スケジュールを含む)
  • 期限と途中確認 いつ、どの段階で見せるか(例:木曜の午前に、構成案だけ5分見せてほしい)

先ほどの課長は、書き直した指示を実際に部下へ出しました。翌週のフィードバックでは「初めて、やり直しなしで提出できました」という報告が上がっています。変えたのは、指示にかける30秒だけです。

AIに頼むときは、「期限と途中確認」の代わりに「出力の形(分量、形式、トーン)」を入れます。目的と完成の形を先に言葉にしておけば、部下への指示もAIへの依頼も、やり直しが減ります。

指示の質は、上司の言語化力で決まる

VASEメソッドでは、情報を順序と関係に沿って組み立てる力を「構造化する力」と呼んでいます。指示が伝わらないとき、足りないのは部下の理解力ではなく、指示を出す側のこの力であることが少なくありません。

部下の育成というと、部下に何を教えるかを考えがちです。けれど現場では、上司が頭の中の完成形を言葉にできるかどうかで、部下の動きが大きく変わります。教育担当者の方には、若手研修と同じくらい、管理職の「指示の言語化」に目を向けていただきたいと考えています。

今日の午後、部下に出す指示を一つ選んで、「目的・完成の形・期限」の3点が入っているかを確かめてみてください。入っていなければ、その一文がやり直しの種になっています。