研修会場で受講者に問いかける講師と、手元のノートに目を落とす受講者たち

沈黙は、理解の合図ではない

研修の終盤、講師が「ここまでで質問はありませんか」と聞く。会場は静まり返り、数秒後に「では先に進みます」と続く。研修ではおなじみの光景です。私も駆け出しのころは、この沈黙を「全員が理解した合図」だと思っていました。

同じ光景は、職場にもあります。会議の最後に上司が「何か質問ある?」と聞く。1on1で「困っていることはない?」と聞く。返ってくるのは、たいてい「大丈夫です」です。

質問が出ないのは、頭の中で計算しているから

IT企業の若手向け研修で、休憩中に受講者の一人から声をかけられたことがあります。「さっきの説明、実は途中から分かりませんでした」。なぜ全体の場で聞かなかったのかを尋ねると、こう返ってきました。「ここで手を挙げたら、周りの時間を使うことになるので」。

質問が出ないのは、分かっているからではありません。「この質問は、全員の時間を使う価値があるか」と頭の中で計算し、多くの場合「ない」と判断しているからです。会議なら「こんなことを聞いたら、分かっていないと思われる」という計算も加わります。「質問はありますか」という問いは、この計算のハードルを下げてくれません。

もう一つの理由は、疑問がまだ言葉になっていないことです。なんとなく引っかかっていても、それを質問の形に整えるには時間がかかります。整う前に話は次の議題に進み、引っかかりは消えていきます。

問いを変えると、疑問は言葉になる

研修では、問いかけを3つ変えました。

  • 「質問はありませんか」→「いま一番引っかかっているところを、一つだけ教えてください」 質問の有無ではなく「引っかかり」を聞くと、疑問が整理されていなくても出せます。
  • 全体に聞く→隣の人と1分話してもらってから聞く 隣に話した内容を伝えるだけなので、「自分の質問」ではなく「二人の疑問」として出せます。
  • 口頭で聞く→付箋かチャットに書いてもらう 匿名で出せるだけで、ためらいはかなり減ります。

ある研修では、この3つに変えただけで、午前の質問数が3件から11件になりました。出てきたのは用語の意味のような初歩的な疑問ばかりではなく、「自分の現場では、この手順は成り立たない」という本質的な指摘が多かったのです。

会議や1on1でも、考え方は同じです。「何か質問ある?」の代わりに、「この案で、いちばん不安なところはどこ?」「今週、手が止まった作業はどれ?」と聞く。問いが具体的になるほど、答える側は自分の考えを言葉にしやすくなります。

質問が出たあとの一言が、次の質問を決める

もう一つ気をつけていることがあります。出た質問に「それは先ほど説明しましたが」と返さないことです。この一言で、その場の全員が「次は聞かない」と学習します。

「いい引っかかりですね。同じところで止まっていた人はいませんか」と返す。それだけで、場の空気は変わります。上司と部下の間でも同じです。最初の質問への返し方が、その後に出てくる言葉の量を決めます。

相手が答えやすい問いを選ぶのも、言語化力

VASEメソッドでは、相手や状況に合わせて言葉や伝え方を調整する力を「表現する力」と呼んでいます。自分の考えを伝えるだけでなく、相手が答えやすい問いを選ぶことも、この力に含まれます。

質問が出ない場面に出会ったら、相手の理解を疑う前に、自分の問いの立て方を見直してみてください。いま自分は質問を取りに行っているのか、それとも先に進む許可を取りに行っているのか。その違いは、問いの言葉に表れます。